スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

私のこれまでの道のり。

昨日で8連勤がやっとこさ終わりました、なむです。
└( ↑ o ↑ )┘ 乗りきったぜ

というわけで昨日は早くも朝から過食傾向でした。←フライング開放感

夜に過食嘔吐してしまったけど…でもまぁうん…
すみません!!!!_|\○_ (土下座

そして今朝はゆっくり起きて、
のーんびり朝ごはん。
(*´ч`*)

全く同じ内容なので使い回しでござます。

そしてずっと行きたかったMIOに久しぶりにゴーゴー☆(((っ・ω・)っ

雲ひとつ無い青空で、原付で走ってたらそれだけで幸せな気持ちになれる。きもちよか~。
(*´ v `*) ほくほく。

そしてMIOでのんびりお買い物。
鞄を探してたんやけどコレっていうのに出会えず。
雑貨とか細々したものだけちょっと買い物。

その帰りにしまむらに寄って靴下を買ってたら母から電話。
夜に泊まりに行くことに。

でも夕方に荷物の受け取りがあったから、それが済み次第実家へ。
今荷物が届くのを待ってるとこ。佐川さーん!←

さっき少し遅めのお昼ごはんに、
ハムサラダのサンドイッチをもぐもぐ。
荷物届くまでに、泊まる為に準備して、その前に掃除機してお風呂場も洗っておこう…
とか考えながら食べてたら写メ撮り忘れたぜこんちくしょー!!!!Σ (´Д` )
美味しかったですサンドイッチ。


今思えば私の経歴?これまでの道のり?そんな大層なものではないけど

書いてなかったなーってふと思ったので、
うん、書いてみます。(いきなりどうした

けど一部、その時期の体重とか、過食のこととか色々書いてるので、
やめとこうと思われる方はここでストップをお願いします(´;v;`)


1989年、ニュースになるくらい大雨の日に生まれる。←ここからすでに残念。

近くの道路が冠水して父も病院に駆け付けられず。
そして到着して、姉のときから約4年ぶりの生まれたての赤ちゃんにビビった父は抱っこを拒否。←おいいいぃぃ
そして看護師さんに「抱っこせなあかん!」と一喝されたそう。
看護師さんありがとう。

幼稚園の年長のころ、
お遊戯会の、白鳥と黒鳥の舞台の練習が嫌で嫌で、
登園拒否。←おい頑張れ。

っていうか白鳥と黒鳥って今思えばどうなんだという。
そんなん絶対白鳥がいいよなぁ…ちなみに黒鳥。(残念
けどみめ子と一緒に頑張った覚えが…写真もあるなあ( ´ u ` )

小学校に上がり、
うーん特にこれといったことは無く。←
学区内の一番端で遠くて、片道40分の距離をランドセル背負って通ってたなぁ、と。
体はあまり強くなくて、しょっちゅう熱を出していた。
頭痛と腹痛は日常茶飯事。

なので中学校は学区は違うけど家から近くて、
自転車通学もできる学校に上がった。

さっちゃん(今でも親友)しか知ってる子がいないうえに、
3つの小学校から集まってるマンモス校。
今の自分だと絶対に怖くて無理やわ。←

けど良いクラスに恵まれて、友達もできて楽しい三年間だった。
戻れるとしたら、この中学校の三年間をもう一度味わいたい。
やり残した事とかも。

そういえば、1年生のときに仲良くなった男子がいて、
けどその男子は、女子バレー部のボス的な子に長年片想いされていたらしく、
私はある意味転校生だったから、小学校からのそんな話なんて知らないし、
その男子とは気があったからいつも仲良くしていたら、
その女子グループから陰口をたたかれ。
単純にビックリした。←
そんなん知らんわ( ゚д゚)、って感じやった。

陰ではじわじわ嫌味を言われたけど、何も実害は受けなかったので
特に何も気にせず楽しく過ごせた三年間。
強かったなぁ自分。(笑)

帰宅部希望やったけど高校受験の内申のことを考えて、
月に一度だけの活動の生け花部に入る。←わぁ地味!!!!
その月に一度の部活動がすごく楽しくて、
さっちゃんやみんなでふざけてゲラゲラ笑いながらやっていたら、
外部から教えに来てくれる生け花の師範にすごい顔で怒られたのを覚えてる。

そして高校受験も、救いようの無いアホやったけど、
行きたかった高校になんとか推薦で合格できて心底ホッとした。

そして高校入学。
インテリア科に入ったのでクラスはほとんど女子ばかり。
グループはそれぞれにあっても全体的にみんな仲良くて、
担任も、三年間すごくお世話になった。
専門科目の授業が私は楽しくて、インテリア関連の仕事か、
デッサンをもっと学びたい気持ちが強くなった。

そんなとき、高校2年の冬からじわじわ摂食障害になり、
(このときに進路に悩み始めた。
カテゴリーの"なむの昔の話"にもチラッとあります。)
だんだん加速して高校3年の春休み明けに、クラスのみんなや先生方に心配され。

この時はほんと1日1日体重が減っていっていた。
というより、前日より体重が減っていなかった時は、
自分の腕をカッターで傷付けていた。
"頑張りが足りない自分への罰"として。
痛くて嫌だから体重を減らす、けど減らなかった日は
「なんてダメな奴だ」と傷を付けて、痛がる自分を苛める、みたいな。
ドSかドMかどっちやねん、みたいな。←
テストの点数にも敏感で、この時一番成績が良かった。
というか寝ないで勉強して登校していた。
色んなことに、かなりストイックだった。
体重にしてもテストにしても、数字に縛られていたなぁ…。

そんなことをしていたら夏休みに倒れ、
けれどなんとかギリギリ高校を卒業できた。
高校卒業時の体重は40kgくらい。

高校を卒業し、肩書きが何もない自分が怖くなる。
そんなときみめ子の専門学校の話をよく聞き、
心理学科で勉強をしたいと思うようになる。

そこで19歳の夏に専門学校に進学を決める。
通わせてくれた父母にはとても感謝している。
進学が決まってから、スタートする春までの間、はじめてバイトを始める。
この頃から過食嘔吐に悩み始める。

翌年の春、専門学校の心理学科に、電車での通学。
すごく嬉しくて、すごく楽しかった。
授業も興味のあるものばかりで、
高校を卒業して何もなかった頃の私から今こうしていられる事に、ものすごく感謝していた。

このとき学校の身体測定で、今の体重が45kgなのを知る。
この時はすごく凹んだ。
今思えば充分だよバカ野郎っ!←

けれど12月頃から一気に鬱が酷くなって、
電車に乗ることがすごく怖くて、なんとか乗れても途中で降りてしまう。
1月には布団から起き上がることも難しくなり、全ての物や人が怖くてたまらない。
一方で止まらない非嘔吐過食と過食嘔吐。
拒食の時のリストカット行為も復活。
せっかく前進できたのに…って悲しさと絶望感から、
2月にODをして夜に救急車で運ばれる。
この前後1週間の記憶は全く無い。

どうしてここまで鬱が一気に来たのか、自分でも全くわからず、
なんで…?なんでよ…!って泣いてばかりだった。

悩んだ結果、専門学校は自主退学。
一年間心理学を学べて、
拒食のため高校3年の一年間では全く味わえなかった体育祭や文化祭も、
専門学校のみんなと楽しむことが出来て、
日々昔のような充実した時間を過ごさせてくれたこと、
こうして通わせてくれたこと、父さん母さんには本当に感謝の気持ちでいっぱい。
こういう終わり方になってしまった事を本当に申し訳なく思う。

そのあと、半年間ほど心身ともに自宅療養し、
その時が体重MAXの70kg超えの頃。

その後、雑貨屋さんでパートを始める。
雑貨が好きなのでやりがいもあって仕事内容は好きだったけど、
そこの人間関係(主に店長と)に悩み、半年ほどで辞めて。
この時たぶん58kg。

そのあと専門学校進学の前にバイトした先の系列店で少し働き、
その頃に今の職場の求人を見つけて応募し、
今に至る。という感じ。
今の職場も今月末で丸2年になる。
もう3年目かぁ…(・ω・ )はやっ!
そして今51kgくらい。

書き忘れは無いかな…うん、こんな感じで生きてきました。

腕の傷跡は、今は、うすーく細かーい線が何本かある。
けど光のあたり具合では全然わからないので、
普通に気にせず過ごせている。


一応こんな感じ。これを載せていいか悩んだけど、
薄過ぎてよーく見ないとわからんので、現に今の腕の写メとして…すみません(・ω・ )


色々振り返ってみて、
一時期に比べると今はとても幸せに暮らせていることを再確認できた。

ここまで私にとって長い道のりでしたが、
これからももっと長い道のりなんだろうなと思います。


にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 摂食障害へ
にほんブログ村

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 気分変調性障害へ
にほんブログ村
スポンサーサイト

拒食からの痩せを手放すとき。7/16のお返事。

過食欲と戦っております、なむです。
(´゚ω^`)-☆ 現在進行形でござます☆

そしてですね、
7月16日にえちごさんに頂いたコメントの、
「拒食から、"痩せ"を手放したきっかけは?」について、
お返事をお待たせしてすみません!!
遅くなり本当に申し訳ありませんでした!!
お返事というかお話をさせて頂きたいと思います。

なかなか食べる勇気がでないとのこと、
私も拒食の真っ只中の時は、同じ気持ちでした。

ここから私の話になります。(・v・)

摂食障害と診断される前はほんとキャベツしか食べていませんでした。
父や兄から「喰え!!」って怒鳴られるたびに、
「喰え」が私には「しね」に聞こえて、
というかそういう意味にしか取れなくて、
「なんでそんなこと言うん?!!!喰えって言わんといて!!!」と、
泣きながら怒り狂っていました。←とんだ迷惑野郎

まぁそんな状態から、診断された後、食事を少しずつ摂ることになったのですが、

最初は、必要最低限の栄養しか摂れませんでした。
太らずに健康になってやる!とか馬鹿げたことを本気で考えてたんですよ。←
栄養を摂れば文句はねぇんだろ、的な。
食べさせようとする主治医や家族は敵というかライバルみたいに思っていました。

一番最初の食事メニューは、
朝ごはん
・キャベツやレタスの野菜をとにかく沢山
・味のまったくないシリアルのクラッカー

昼ごはん
・またまた野菜たくさん
・6枚切りトースト1枚
・ゆで卵
・プレーンヨーグルト

晩ごはん
・またまたまた野菜たくさん
・お刺身を細かく切ったもの
・お豆腐1パック
・ご飯1杯弱

が毎日の定番のメニューでした。

お弁当のときも、
・ロールパンにゆで卵をはさんだもの
と決めていました。
これを学校事務室の和室で一人食べていました。

このメニューを選んだ理由は、
たんぱく質のなかで、比較的罪悪感なく摂取しやすいもの、と考えたときに、
卵なら絶対にゆで卵やなぁ…とか、
お肉とか絶っっ対に無理やから魚…魚でも煮魚とかしんでも無理!
それならお刺身…あ、でもイカとか脂の少ないのね!

みたいな。
とにかく3食で必ずたんぱく質と炭水化物は摂ることにしても、
そのときの自分の食べやすいものを第一にしていました。
頭の中は栄養素のことのみでした。

けどそれを毎日続けると、自然と、
野菜にはドレッシングかけた方が美味しいよなぁ…って思うようになり始めて、
ノンオイルドレッシングを少しだけかけるようになり、
次第に、やっぱりゴマドレッシングが美味しいんだよぅ…となり。

ゆで卵、飽きてきたな…目玉焼きの黄身の半熟をパンにつけたら美味!パン食べやすい!…となり。

お刺身、やっぱりハマチが食べたいな…
っていうかサーモンが一番好きなんですけど。←黙

ご飯も100gに増やしてみよう…
っていうかもう計るのめんどくさ!
お茶碗に普通に一杯でいいや~。

と、だんだん自分のなかでの許容範囲が広がっていきました。

私が思うに、ですが、
きっと大事なのは、無理のない物を継続して摂り入れることなのだと思います。

無理して目玉焼きとかスクランブルエッグにしなくていいんですよ、
卵は卵ですよ。←
魚も刺身の脂が気になったら茹でたらいいですし、タイとかハマチも茹でても美味しかったです。

無理してお肉に挑戦する必要なんてないと思います。
いつか鶏ササミから食べてみよかなって思える時が来ますもん。

いきなり、家族と同じメニュー!とかいうプレッシャーは抱えずに、
自分のなかでまだ許せるもので、栄養バランスを考えて摂ることが一番大事だと、
私は経験を通して感じます。(*´・ω・`*)
気長に継続 継続、です。

体が整って過食に悩む今でも、食べないものはあります。
食べるときにどうしても無理が生じる食べ物たち。
ラーメンとか、夜ごはんに丼ものとか、あとはデザート スイーツ系。

いまだに、無理して克服しようとは思いません(*´・v・`)
今、無理なく美味しいと思えるものを美味しいと感じながら食べるようにしてます。
そしたら今年から、おそうめんを自然と、無理なく食べることが出来るようになりました。

いつか必ずそういう時がやってくるんやなぁ、って思います。
無理をしないことが一番ですね( ^ω^ )

きちんとした答えになってるのかわかりませんが、
こんな感じで拒食から今まできました。

拒食も過食(嘔吐 非嘔吐)も、
食事への不安と、体重が増える恐怖と戦うのは同じだと感じます。
細かく分類することなく、同じ摂食障害として助け合えると一番いいなと思います。

さてさて、みなさんがぐっすり眠れますように( ´・v・` )




にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 摂食障害へ
にほんブログ村

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 気分変調性障害へ
にほんブログ村

摂食を親友に打ち明けること。7/12のお返事。

ひとつひとつじっくり考えてお返事させて頂きたい、と私が言っていた、
前に頂いた質問のひとつに、
7/12にコメントをくださったいずみさん。
遅くなってしまい、本当に本当に申し訳ありません。
今でも見てくださっているかわからないけど、お返事させてください。

ご友人が摂食障害とのこと、
そのお友達の力になりたいと色々調べておられて私のブログも見つけてくださったんですね、
とても嬉しいです。

いずみさんはご自身のことを、「気の利いたことも言えない自分がもどかしい」と仰いますが、
全っ然そんなことないです!!!

「言いづらいことを打ち明けてくれた」、「何かちからになりたい 」、
いずみさんのお言葉の端々に、
心からお友達を想ってることがとても伝わってきました。
そんないずみさんの気持ちは充分お友達にきちんと伝わっていることと思います。

私がお友達の立場だとその気持ちだけで心が救われます。

そして、私の、
親友に打ち明けたタイミング、
きっかけ、
親友の反応、
自分自身が求めるもの、ですが、
ここからはお返事ではなく私の話になります。
長くてすみませんがよければぜひ…。○┓ペコッ

一番の親友のみめ子に打ち明けた時は、
医大できちんと摂食障害だと診察されて一週間後くらいかな?一番に伝えました。

みめ子は会うたびに痩せていく私を見ては、
「なむがまた痩せてる…」って泣いていた、と、
みめ子のお母さんから聞いて、
本当に申し訳ない気持ちになりました。
だから一番に伝えたのかもしれません。

伝えた時も、私が話始めた途端に涙を流して、
「言ってくれてありがとう」って泣いてくれました。
二人でわんわん泣きました。

あぁ…いまこうして書いてても思い出したら心が悲しくなってくる…
なんかショボーンってなるんよなぁ…
(´;_;`)

そのあと、夏休みがあけて二学期が始まった頃に、
高校の同じグループで仲良しだった友達6人に、
担任の方から軽く話をしてくれました。

二学期からは、通学も難しい状態で、
正直、高校も三年の二学期やけど中退するか…って話になっていたのですが、
その時の担任がすごく親身になってくれて、
出席日数と出席科目の単位ギリギリで卒業できるように、
私の残りの単位をそれぞれ調べて、
"この分だけ出席したら卒業できる"という私だけの予定表をつくってくれました。

恩師と思える先生に出会えて私は幸せ者だと感じています。

なので、1日1コマだけ、とか、
午前中だけ、午後だけ、と不定期な出席になるので、
担任が私のいない所で、少し説明というか、いまの私の状態を話してくれたんです。

あとからその時の話を聞いたら、
「あぁだから…」と最近の私の変だった所を納得してくれる子や、
みめ子のように涙してくれる子もいたようです。

でも私にはそんなそぶりを全く見せず、
ほんと"いつも通り"に、ごくごく普通に接してくれました。
それがとても嬉しい事でした。

そのときの私は、人とご飯を食べるのが無理で、
お弁当を持っていかなくちゃいけない予定表のときは、
学校事務室の使われていない和室の部屋をお借りして、一人で食べることになりました。

そんなときも、「なんで?」とか「どこ行くん?」とか一切なく、
戻ってきたら「おかえり~」って言ってくれて、
それがみんなの中でもパターンになると、
「いってらっしゃい!またあとで(ご飯終わったら)ね!」って言ってくれて。

そういう、友達にも先生にも学校にも恵まれた環境だったから、
あのとき高校を卒業できたんだと心から思います。

思い返してみても、病気についての話は一切なかったなぁって思います。
それをどう感じるかは人それぞれかもしれませんが、
私にとってはそれが心をラクにしてくれました。

ただでさえ最低でも1日3回は病気と戦う時間があるので、
それ以外のときは少しでも病気から離れられると心が救われました。

拒食の治療期はとくに、人の言葉に敏感というか、
「元気になってきたね!」っていう私を思ってくれての言葉が、
「元気=太ったってこと?!」ってすごく怖く感じてしまって、
不安になったりもしていました。

過食の今も、食べ物や体型の話には敏感ですし、やっぱり苦手です…情けない…。

そんなこんなで昔を思い出すと哀しくて涙が出てくるのです。(笑)
泣いてまう。あわわ。
なんで、何が悲しいのか、わからへんけど、
たくさんの感謝の気持ちと、ありがたい思い出のはずなのに、
無性に悲しくなります。はて。もうなんで泣くんやろ。(笑)

そんななむの過去のお話でした。
読んでくださりありがとうございます!!!!




にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 摂食障害へ
にほんブログ村

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 気分変調性障害へ
にほんブログ村

嬉しかったエピソード。拒食ピーク時の食事。

お腹が減って目覚めました、なむです。
( ・´ー・`) どんだけ~!

そういえば少し嬉しかったことがあって。

先週の月曜日やったかな?
実家からの帰り道で信号待ちしてたら、
後ろから原付のおばあちゃんに話しかけられて、
「ここら辺にガソリンスタンド無いかなぁ?!」と。

「このまま真っ直ぐ行ったら左側に見えてきますよー!」って説明してる間に、
信号が青になってもたから、とりあえず発進して。

でもバックミラーでみたらおばあちゃんまだ不安そうな顔してはって、
私の原付のガソリン見てみたら半分無くなってたから、

そのすぐ次のまた信号待ちのとき、
「よかったら私もガソリンスタンド行くので、私の後ろついて来てください( ´ ▽ ` )ノ」
って伝えたら「ほんまぁ!助かるわぁ~ありがとう~!」って言ってくれて、
そのまま一緒にガソリンスタンドへ。

そしたらおばあちゃん、セルフのガソリンスタンドが初めてらしく、
「ごめんやけど入れてくれへんかな?」ってすごく申し訳なさそうに、
「あぁ全然大丈夫ですよ!それじゃあ先に入れますね」っておばあちゃんの原付にガソリン注入。

私もよく自分の原付にガソリンいれてる時、
常々ボーッとしてるから少し溢れてまう時があって、
自分のやつなら「あ、ちょっと溢れちまったテヘペロ☆(ゝ。∂)」くらいでいいけど、

セルフ初めての人の原付でガソリン溢れさせたらアカン!ってめっちゃ集中。
途中で運転用のサングラスも外して目への集中力が半端無い。←
集中しすぎておばあちゃんの話ぜんぜん頭に入ってこやん。←

そして終わったら、
「ほんま助かったよぉ!ありがとう~!これ、お釣りちょっとやけど、お姉ちゃん使って!!」
って、おばあちゃんが入れた残りのお釣りをくれて。

そんなんいいですいいです!!!!って言ったのに、
「ほんま助かったから!ご親切にありがとう~!」って走り去って行かれて。

おばあちゃん曰く、
近くの医大からの帰り道で、あんまり土地勘がない所でガソリンが無くなったからかなり慌てたそうで。

何も大したことできてないのに、
おばあちゃんから「ありがとう!」「ありがとう!」って何回も言ってくれたことが、
なんていうか、私なんかでも役に立てるんやなぁって、
逆にこちらこそおばあちゃんにありがとうございますって気持ちになった( ´:ω:` )

そのお釣りの400円でガソリン入れさせてもらいました。

おばあちゃんが小銭ばらまいてもて一緒に拾ってた時も、
「年取ったら何も出来へんで情けないわぁ…迷惑かけてばっかしで…」って言っておられて、
「いえいえそんな…!」って言って、そんな言わんといてください(;_;)って泣きそうになった…。
年取ってなくても何も出来てない人間がここいにますから…!←

以上、もっと役に立てる人間になろうと誓った私のエピソードでした、ちゃんちゃん。

なんて落ちのない話ですみません!!!!(∩^o^)⊃━☆゚.*


そして、頂いてた質問の2つ目。
「拒食の時は食事はどうしてましたか?」

思い返すと、ほとんどキャベツしか食べてなかったです。
特に拒食のピーク時は。
炭水化物をどんどん減らして、お肉も魚も怖くなっていって、
唯一食べれたのが、キャベツを蒸したもの。
勿論ドレッシングも怖くて掛けられなかったです。

家族から何度注意されても、誤魔化したり、発狂したように逆ギレしたり。←最低

兄は、心配するというよりはすごく腹が立ったみたいで、
「そんなウサギのエサみたいなんばっかり喰ってんなよ!!!!」って強く怒鳴られたことをよく覚えています。
その時はすごくショックでしたが、
その言葉は当然ですよね。

このことで余計に兄との仲は険悪になりました。
険悪に、というか、私の方から兄を避ける生活になりました。

そこから、
積極的に治療を始めた頃は、
・お刺身を細かく切ったものとご飯一膳、
・ゆで卵とトースト一枚、
が主なメニューで、それが限界でした。

でもそれを続けたら53kgまで体重を戻せました。


またご質問とかあればぜひ!┌( ^o^)┘

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 摂食障害へ
にほんブログ村

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 気分変調性障害へ
にほんブログ村

ピークからの減量について。遅くなってすみません!!!!

そういえば!!

拒食から過食に移行して増えた体重をどうやって戻したのか、についてコメント頂いてたのを、
また記事にまとめますって言ってあったのに、いまだに書いていないことを今思い出しましたほんとすみません!!!!!!!!

あわわわ((((;゚Д゚)))))))あわわわ

えっとですね、そう。

私は拒食の時の最低体重28kgから
過食(非嘔吐も嘔吐も有り)の最高体重70kg越えまで体重の変化があったわけですが、

今の52kgまで20kg以上減ったわけですが、
えっとですね、
なにもしなくても落ちていきました。

ほんまかよ!ちゃんと言えよ!ってなるかもですが、
ほんと、
ほとんど引きこもり生活だったので運動とかも全然でしたし、
体重が自然と減っていってる間も、
今と同じような過食を頻繁にしていました。

たぶん、あくまで私が考えるには、ですが、

拒食の時の、あの脂肪も筋肉も全く無くなった骸骨状態から、
ほとんど1からまた筋肉とか体の組織を作り直したんですね。

だから拒食から過食に移行して、栄養がたくさん入ってきた時は、
もう口にしたらした分だけ、隅から隅まで栄養を吸収して。

よくある、干からびたスポンジが水分を一気に吸収するみたいに、
私の全身も、ぜんぶ1からの状態でした。

それが、70kgを越えたぐらいで、
脂肪はもちろん筋肉もちゃんと出来上がって体の組織も一応ひととおり整って。

そしたら体は、「あ、これは吸収しなくていいっすよ」みたいに、
今までは、あの飢餓状態を経験した体が、
「とりあえず今のうちに貯めれる分は貯めておけ!」みたいな、
必死の思いで隅から隅まで吸収してたものを、
"代謝"という役割が復活して、稼働してくれたんだと思ってます。

そりゃあ、あの、
走れやん、スキップ出来やん、表情も動きにくい、
っていう体の状態から、今のような体を取り戻すというかまた作り直すには、
栄養がとにかく必要ですよね…。

だから、
その当時と比べて今の、一回の過食の量はそんなに変わってないんです。
菓子パン10個とかはちょっと難しいかもやけど…でもやろうと思えば全然できる。←

あと嘔吐の回数は断然減ってます。
それに食べれるもの、 というか許せるもの?も今の方が多い。

それだけ、体の組織がうまく循環すること、
そして代謝って大事なんですねぇ(´-ω-`)


でも、一旦体が整った状態からの今の過食の症状は、
飢餓状態の"栄養不足"からきてるものじゃないから、
これを今続けると、ただ太る一方だと思うんです。ずーん…。

拒食のときは体のために、って思えてたけど、
今はストレス発散や不安を紛らすとか、
うん…治していかないとね☆っていう原因からの過食なので、
今もまだ体重との戦いです…はぁ。
( ̄^ ̄゜)

と、そんな感じなのです…。
ちゃんとまとめられてるんかなコレ?!

もちろん、もうわかってくれてるとは思いますが、
私の経験したことなので、私のなかで、こういう事なのかなー?くらいに考えただけで、
何の知識もありません。

私ほど体重が増えなくてもきちんと筋肉も代謝も元通りになる方は沢山おられると思いますし。
ほんと個人個人で全く違うと思います。

説明不足や言葉足らずな部分もあるかと思うので、
質問とか何かあればください(´:ω:`)

遅くなってすみません!!!!


にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 気分変調性障害へ
にほんブログ村

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 過食症・過食嘔吐へ
にほんブログ村
プロフィール

なむ。

Author:なむ。
"なむ"と申します。
どうぞよろしくなのです。

Twitter: @naaaaooops
よければフォローミーなのです。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 摂食障害へ
にほんブログ村

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 気分変調性障害へ
にほんブログ村

Tree-Comment
Flashカレンダー
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
リンク
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。